Cushing 症候群を主徴とした副腎皮質癌の 1 剖検例
京都大学医学部泌尿器科学教室(主任:加藤篤二教授)
| 小 | 松 | 洋 | 輔 |
|---|---|---|---|
| 高 | 橋 | 陽 | 一 |
| 福 | 山 | 拓 | 夫 |
ADRENOCORTICAL CARCINOMA CAUSING CUSHING’S SYNDROME : REPORT OF A CASE
Yosuke KOMATSU, Yoichi TAKAHASHI and Takuo FUKUYAMA
From the Department of Urology, Faculty of Medicine, Kyoto University (Chairman : Prof. T. Kato, M. D.)
A case of adrenocortical carcinoma seen in a 29-year-old woman was reported. She
presented a typical Cushing’s syndrome with moon face, obesity of Buffalo type, acne, hirsutism,
amenorrhea and hypertension. Urinary 17KS was 225486mg/day and 17OHCS 2460mg/day,
both being elevated. Among the fractions of 17 KS, dehydroepiandrosterone and 11-hydro-
xyandrosterone were increased. Among those of 17 OHCS, an increase of tetrahydro-compound
S was striking. Pregnanetriol and pregnanediol were also increased. The patient died on the
54 th day after a diagnosis was made. On autopsy, the left adrenal showed tumor of 12x9.5
x6.5 cm in size involving the left kidney. Tumor thrombosis was seen in the adrenal vein
bilaterally. Multiple metastases to the liver, lungs, right adrenal, lumbar vertebrae and lymph
nodes were observed.
は じ め に
副腎皮質より発生する癌腫はまれなもので, Hutterl)によれば,100 万人に2人という頻度 であり,また全癌死亡者の0.2%以下を占める にすぎないとされている2).
なかんずく、臨床的に内分泌症状を呈する, いわゆる内分泌活性腫瘍と従来いわれているも のは,その産生するホルモンの種類によって, それぞれ特異な病像を呈し、興味ぶかいもので ある.
副腎皮質癌が内分泌活性の場合, cortisol, androgen, aldosterone, estrogen の4種のホ ルモンおよび corticosterone, 11-desoxycorti-
sol (Comp.S), 11-desoxycorticosterone (DOC) の中のいずれか2種以上を分泌することが多い ことが知られており,分泌亢進の最も著明なホ ルモンの種類によって, Cushing 症候群,副腎 性器症候群(副腎性男性化症候群), 前二者の 混合型,女性化症候群,原発性 aldosterone 症 の5つの病像に従来分類されている。
また、最近では corticosterone 産生腫瘍の存 在も知られるようになり3,12), mineral cortico- id excess syndrom13) として, DOC 産生腫瘍, 原発性 aldosterone 症とともに一括する向きも ある.
今回,われわれが経験した副腎皮質癌の症例
は Cushing 症候群を主徴とし、 短期間に広範 な転移を きたし, 死の 転帰を とったものであ る. 以下にその臨床経過と剖検所見の概要を記 載し,若干の考察を加える.
症 例
患 者:○谷○ヌ○ 29才 女子
初 診:1968年6月1日
主 訴:左季肋部痛
家族歴:特記事項はない.
既往歴:著患はない. 経産婦で2児出産.
現病歴:1966年11月に左腰痛,発熱があり、腎盂腎 炎を疑われて、某院に約1ヵ月入院したことがあり, 退院後も左腰痛のため外来通院加療を1967年7月まで つづけていた. 1968年1月ころより食欲が亢進しはじ め,1日に4回食事をし、米飯で男子用茶わんを用い て1回に3杯を食べるようになった、 その結果,体重 が約1ヵ月間で 8kg 増加し、顔貌も肥満とともに円 くなってきたのに気づいた. 1968年2月下旬より顔面 の痤瘡,多毛(顔面,上下肢)の傾向をきたすように なった. また1968年3月を最終月経として無月経とな った. 1968年5月初旬,下肢の浮腫をきたし,某診療 所で高血圧,左季肋部の腫瘤を指摘され、レ線撮影の 結果,左腎腫瘍を疑われ,1968年6月1日,当科に紹 介され,左副腎腫瘍の疑いで同年6月17日入院した.
入院時現症:身長 159.5cm,体重 52.0kg. 女子と してやや大柄であり,躯幹に脂肪沈着が著しく,四肢 に少ないいわゆる buffalo type の肥胖がある. 顔貌 は典型的な 満月状顔貌 ではないが、 発病前の それと 比較して明らかに頬部に脂肪沈着があり,まるみを帯 び,かつ赤味を帯びている(Fig. 1). 伸展性皮膚線条
Fig. 1 顔 貌
は認めない. 顔面および背部に痤瘡を多数認める. 多 毛症の傾向があり,四肢に硬毛,顔面に髯毛が発生し ている. 声音の低音化はない、胸部には打聴診上異常
なく、腹部は全体として膨隆しており、左上腹部より 左側腹部にかけて,左季肋下 3 横指に非可動性の腫瘤 を触知しうる. 肝および右腎は触知しない,両下肢に は脛骨稜に浮腫がみられる. 外陰部には陰核肥大等の 異常を認めない.
入院時臨床検査成績:Table 1 に示す一般検査成績 で高血圧, 血沈亢進, 末梢血では 軽度の 多血症の傾 向,好中球増加,リンパ球減少,好酸球減少がみられ た. 空腹時血糖値,血清電解質には異常を認めなかっ た.
| 血 | 圧 | 最高 | 230 | 最低 | 150mmHg | ||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 脈 | 搏 | 110/分 | |||||
| 血 | 沈 | 1 | 時間27 | 2 | 時間57 | 平均27.7 | |
| 血液検査 | |||||||
| 赤血 | 球数 | 500× 104 | |||||
| 血色 | 素量 | 13.6g/dl | |||||
| ヘマ | トクリット | 値 | 40.0% | ||||
| 白血 | 球数 | 10200 | |||||
| 白血 | 球像 | ||||||
| 好 | 中 球 | ||||||
| 桿状核球 | |||||||
| 分節核球 | 31 85% 81 | ||||||
| 単 | 球 | 5% | |||||
| リ | ンパ球 | 10% | |||||
| 好 | 酸 球 | 0% | |||||
| 好 | 塩基球 | 0% | |||||
| 凝固 | 時間 | 8分 | |||||
| 血清生 | 化学 | ||||||
| 総 | 蛋 白 | 6.8g/dl | |||||
| 残余 | 窒素 | 34.2mg/dl | |||||
| 尿素 | 窒素 | 15.5mg/dl | |||||
| アル | カリフォス | フ | ァター | ゼ | 12.0K.A単位 | ||
| GOT | 44.0単位 | ||||||
| GPT | 39.5単位 | ||||||
| Na | 136.2mEg/L | ||||||
| K | 4.2mEg/L | ||||||
| Ca | 4.3mEg/L | ||||||
| C1 | 101.4mEg/L | ||||||
| 空腹 | 時血糖値 | 86mg/dl | |||||
| 総コ | レステロー | ル | 204mg/dl | ||||
| 血液 | pH | 7.485 | |||||
| pCO2 | 53mmHg | ||||||
| HCO3- | 38mmHg | ||||||
| 肝 機 | 能 | ||||||
| 黄疸 | 指数 | 3 | |||||
| コバ | ルト反応 | 3 | |||||
| カド | ミウム反応 | 12 | |||||
| チモ | ール混濁反 | 応 | 3~4単位 | ||||
| 血清梅毒反応 | 陰性 | |
|---|---|---|
| 心 電 図 | 正常 | |
| PSP | 15分17%,30分∑25%,60 40%,120分∑57% | 分 |
| RI レノグラム | ∑RPF 350ml/min. 左右差あり 右 RPF 150ml/min. 左 RPF 200ml/min | |
| 左側にやや排泄のおくれがある. | ||
| 脾シンチグラム | 前面像で右下方に腫瘤による圧 排像を認める. | |
内分泌学的検査成績は Table 2 に示すごとくであ る. 尿中 17 KS 総量は著しく増加し,最高 486 mg/ day を示した. 尿中 17 OHCS も総量,遊離型ともに 増加がみられた.
尿中 17KS の分画では 11-oxy-, 11-desoxy- 17KS はいずれも高値を示し, 11-oxy-17KS では 11-hydro- xyandrosterone 105 mg/day と著明に増加し, 他の 分画も高値を示した. また dehydroepiandrosterone
| 尿中 17OHCS | 全 量 遊離型 | 60~24mg/day | |
|---|---|---|---|
| 1.7~1. 1mg/day | |||
| 尿中総 17KS | 486~225mg/day | ||
| 尿中 17OHCS 分画 | |||
| THF | 1.71mg/day | ||
| allo THF | 0.34mg/day | ||
| THE | 1.17mg/day | ||
| cortolone | 2.32mg/day | ||
| THS | 33.9mg/day | ||
| THB | 3.62mg/day | ||
| 尿中 17KS 分画 | |||
| dehydroepiandrosterone | 119mg/day | ||
| androsterone | 36mg/day | ||
| etiocholanolone | 20mg/day | ||
| 11-hydorxyandorsterone | 105mg/day | ||
| 11-ketoethiocholanolone | |||
| + | |||
| 11-hydroxyethiocholanolone | 40mg/day | ||
| 尿中 pregnanetriol | 10.7mg/day | ||
| 尿中 pregnanediol | 13.8mg/day | ||
| 血中 cortisol | 38.2µg/dl | ||
| 血中 corticosterone | 6.36µg/dl | ||
| ACTH 試験 | 反応せず | ||
| (ACTH 8時間点滴法) | |||
| 抑制試験 | 抑制されず | ||
| (dexamethasone | 2mg, 8mg | 各2日間連続 | |
| 投与) | |||
| metopiron 試験 | 反応せず | ||
は 119 mg/day と著しく増量しており, androster- one, etiocholanolone の増加もみられた.
尿中 17OHCS 分画は結合型では THS 33.9mg/day と著しい増量があった. THF, THE は正常範囲内に とどまった. また,THB の増加傾向がみられた.
尿中 pregnanetriol 10.7 mg/day, 尿中 pregnane- diol 13.8 mg/day と高値を示した.
血中 cortisol level の上昇および軽度の血中 corti- costerone level の上昇が認められた.
ACTH, dexamethasone, metopiron の負荷試験結 果はいずれも反応が認められなかった.
レ線検査:胸部単純および断層撮影(Fig. 2) で右 肺門部および右肺下野にくるみ大以下の転移を思わせ
平 茶
る円形陰影を数個認めた. 腹部単純撮影で椎体その他 の骨粗鬆症は判然としない、排泄性腎盂撮影,逆行性 腎盂撮影で左腎盂像が全体として上内方より圧迫をう け、腎盂像の長軸が時計回りに外方に偏位しているの が認められた(Fig. 3). 大動脈撮影+後腹膜気体撮影
(914DEC
一
では左腎上部に気体がはいらず,均一濃度の陰影が左 腎と一塊をなしており、左腎動脈はその分枝には異常 を認めないが,左腎上部の陰影を弧状に取り巻くよう に下方に圧排されている. 左腎上部の陰影に対しては 大動脈近位部より多数の血管増生が認められる.
C
経過:6月17日入院後,腰痛および腹部膨満感を訴 えていたが,しだいに上腹部が膨隆しはじめ,肝を触 知するようになった. 肝腫大は 7月には右季肋下で臍 下2横指,正中線上で10横指を触知するほど著明とな った(Fig. 5). このころより歩行が腰痛のため不可能 となった. 7月11日夜間, 突然血圧下降, 頻脈をき たし, ショック状態となった. 貧血が強く,内出血を 考えて輸血 800 ml を行ない小康を得た. 7 月15日早
があった、 その後,譫妄状態があり、夜間になると不 安,恐怖感に襲われるようになった, 7月20日ころよ り GOT, GPT の上昇があり、翌7月21日には皮膚が 黄疸色となり、急速に増強し、嘔気,嘔吐がつづき, 経口摂取が不可能となった. 7月24日朝より 4回,黒 色便の排泄があり、意識障害はなかったが、夕刻にな って急激に血圧下降,ショック状態に陥り,そのまま 回復せず、同日鬼籍にはいった.
剖検主要所見:
1. 左副腎皮質癌(12×9.5×6.5cm 大)が左腎と癒 着,浸潤していた(Fig. 6). さらに左副腎静脈に進入
ulpt .. sc
主
oc
25
4
20
9 1
し,腫瘍塞栓を形成していた. 腫瘍の割面は全体に黄 褐色を帯び, 出血, 壊死が認められた. 組織学的に 腫瘍組織は不規則な配列をしたエオジン淡染性の細胞 よりなり、出血および壊死巣が散見される. 核の異型 性,多形性は強く,核クロマチンの分布は不規則であ り,また核分裂像を多く認める(Fig. 7, 8).
2. 副腎皮質癌浸潤転移
i)肝(3100g),手拳大以下の腫瘍転移多数(Fig. 9).
ii)肺,右肺(300g),くるみ大以下の多数の転移 巣,左肺(200g)示指頭大以下の多数の転移巣.
iii)右副腎,鶏卵大の転移1個(6.5×3×3cm大), 右副腎静脈に進入し腫瘍塞栓を形成.
iv) 左腎,あづき大以下の転移多数.
v) リンパ節転移.
イ)気管分枝部
ロ)肺門部
ハ) 膵頭部
vi)腰椎転移(Fig. 10)
3. 腹腔内出血 新鮮血 2000 ml
4. 十二指腸潰瘍および消化管内出血
5. 全身黄疸
以上がおもな剖検所見であり,直接の死因として肝 転移巣の破裂による腹腔内大量出血が考えられた.
考 按
副腎皮質癌は冒頭に述べたごとくまれなもの
で、 欧米では Rapaport4) による19301949年
の集計で 188 例, Heinbecker5) による自験例を
加えた19501955年の集計で93例, MacFarla-
ne6) (1958) の55例,Dix7) (1963) 61例,Lip-
sett8) (1963) 38例,Hutter9) (1966) 138例,
Schteingart10)(1969) 12例などの報告がある.
一方,本邦では片山ら11)による58例の集計があ
るが,詳細なものは見られない.
年令的には各年令におよんでおり, Hutterl)
によれば6ヵ月72才,Lipsett8) は12ヵ月62
才としている. 性別では60~72%1,4,8)の比率で
女子に多いことが指摘されており,女子では男
性化症状ないし Cushing 症候が発見されやす
いことが一つの原因として挙げられている1.
これを支持する資料として、臨床症状を欠いた
副腎皮質癌では 男子が 多い ことが 示されてい
る8).
罹患側はやや左側に多く、その比率は51~60 %1,4,5,6,8) である.
副腎皮質癌の 臨床的な 病型の 頻度を 上述の 集計より調べると, Table 3 のごとくである.
| Dix | Lipsett | Hutter | 片山 | |
|---|---|---|---|---|
| Cushing 症 候 群 | 10 | 4 | 54/91 | 14 |
| 副腎性男性化症候群 | 5 | 7 | 17/91 | 12 |
| 混 民合 型 | 5 | 17 | 4/91 | 2 |
| 原発性 aldosterone 症 | 2 | |||
| 女性化 症候群 | 1 | 11/91 | 2 | |
| そ の 他 | 4/91 | |||
| 内分泌 非活性 | 40 | 10 | 4/91 | 26 |
| 計 | 61 | 38 | 91 | 58 |
Cushing 症候群を呈するもの,またはこれに男 性化症候の加わったものが多くを占め,男性化 症候群の頻度も比較的高い. 原発性 aldostero- ne 症,女性化症候群の頻度は低い. ただし腫 瘍,特に癌腫の場合は種々のホルモン活性が認 められるため,病型が重なり合い、明確に分類
してしまうのは 問題であろう. また,従来, 内分泌非活性とされていたものの中には、高血 圧,低カリウム血症を呈している症例もあり, 今日では内分泌活性として取り扱われるべき症 例もかなり含まれているのではないかと考えら れる.
副腎皮質癌における尿中ステロイド排泄の特 徴については多くの報告がある. 最も頻度の高 い癌腫の特徴として、臨床病型のいかんにかか わらず,尿中 17KS 排泄値の著増が挙げられ, かつ 17KS 増加が必ずしも男性化症状と平行し ないことが知られている1,81. Hutter1) の癌腫 141例で75%に 17KS の増加がみられる.
尿中 17KS 分画では 11-oxy-17KS, 11-des- oxy-17KS ともに増加がみられ,11-oxy-17KS で は 11β-hydroxyandrostenedione の増加による と考えられる 11β-hydroxyandrosterone の増 加が主としてみられ, 11β-hydroxyetiochola- nolone, 11-ketoetiocholanolone の増加も認め られている14,15). 11-desoxy-17KS では dehy- droepiandrosterone (DHEA) の増加がほとん どの例でみられ,癌腫の一つの特徴とされてい る 14,15,16). etiocholanolone, androsterone も通 常増加 することが 報告 されている14,15,16). ま た, etiocholanolone は androsterone に比して 高く,したがって etiocholanolone/androstero- ne 比は高くなっている14). なお, 11-0xy-17 KS/11-desoxy-17 KS 比の増加は 少ないとされ ている15).
本症例では総 17KS 排泄値 225~486mg/day と著しい増加がみられ,17KS 分画で 11-0xy, 11-desoxy ともに増加し, 11-oxy 分画で 11- hydroxyandrosterone, 11-desoxy 分画でDHEA の著増が認められた点は上述の癌腫の特徴と合 致する. しかし etio./andro. 比は逆転してお り,この点は従来の報告とは異なっていた. 肝 における DHEA から,これらの代謝産物への 転換過程で,5β-reductase よ り も 5α-reducta- se の活性が高いため15)と考えられるが, その 理由は不明である.
尿中 170HCS も, 尿中 17KS に次いで増加 を示す頻度が高いとされ!,8,15), Hutterl) の121 例中,60%に 17 OHCS 排泄の増量が認められ
た.
尿中 17 OHCS の分画では,癌腫に特徴的に tetrahydro-compound S (THS) の著明な増加 があることが知られている14. THS は 11-des- oxycortisol の代謝産物であるが, 癌組織では 11-desoxycortisol から cortisol に転換する 11β-hydroxylase の相対的,絶対的不足がある ためと考えられ,臨床病型のいかんにかかわら ず, steroid 合成能のある癌腫に共通して増加 が認められている8,14,15,16). また Cushing 型の 癌腫では臨床症状に平行して, cortisol, tetra- hydrocortisol (THF), tetrahydrocortisone (THE) の増加がみられ、このほか allo THF, cortol, cortolone の排泄増加も記載されてい る 15).
本例では尿中 17 OHCS 総量,遊離型ともに 増量し,結合型 17.OHCS の分画では THS の 増量が著明であった。 THF, THE の増加は著 しくなかったが、遊離型 17 OHCS の増量より 遊離型 cortisol ゃ 6β-hydroxycortisol の増加 が推定された.
C21-desoxy steroid の尿中代謝産物では,主 として 17α-hydroxyprogesterone に由来する と考えられる尿中 pregnanetriol が癌腫一般に 増加すること, および progesterone に由来す る尿中 pregnanediol も癌腫では増加するとさ れている14,15,16). 後者は癌組織における 17α- hydroxylation の障害を示すものと考えられて いる14).
本症例においても, pregnanediol, pregnane- triol の増量が認められた.
上述の本症例の尿中 steroid 代謝産物の様相 と血中の cortisol, corticosterone の値より本 症例の副腎癌組織における steroid 生合成の状 態を推測すると、従来指摘されるように,本例 においても, 正常副腎皮質に存在する steroid 合成系酵素が 種々の 程度に 不足して いること が考えられる. すなわち, THS の著増より, cortisol 系では 11β-hydroxylase の欠乏,尿中 pregnanetriol の増加 および血中 corticostero- ne level の上昇からは 17-hydroxylase の欠乏 が推測される. また, DHEA が著増している 点より,性 steroid 系における 3β-dehydroge-
nase の欠乏も考えられる. pregnanetriol の増 加が 17α-hydroxyprogesterone の利用不全に 基づくとすれば、これを 11-desoxycortisol へ 転換する 21-hydroxylase の不足も想像され る. 本例では aldosterone 系,性 steroid 系 ホルモンの 測定が 不備で あったが, 腫瘍組織 におけるホルモン合成系は cortisol 系および DHEA に至る性 steroid 系が結果的にみて亢 進しているとするのが,本例の臨床像と照合し て妥当と考えられる.
副腎皮質癌の病理組織学的診断基準として, Steingart10) は次のような項目を挙げている。
1) 腫瘍被膜および隣接副腎組織への腫瘍細胞 の浸潤,2)核の多形性, 多数の核分裂像およ び多核巨細胞の存在,核クロマチンの不規則配 列,3)広範な出血および壊死巣,石灰化,4) 腫瘍内血管壁への浸潤などが癌腫の組織学的特 徴とし,腫瘍の大きさも癌腫は腺腫に比して, 一般に大きいとしている。 しかし癌腫と腺腫, とくに巨大腺腫との鑑別は組織学的所見のみで は困難なことがまれではない. これは腺腫にお いても細胞および核の異型性,核分裂像が少な からず認められること16),また,腺腫では正常 副腎組織が腫瘍組織と正常副腎被膜の間に圧迫 され,癌腫の被膜浸潤と類似した pseudoinva- sion10) の所見を呈することがあるからである.
本例では臨床的に転移が認められたため,癌 腫の診断は容易であったが,転移,周辺組織, 臓器への浸潤が明らかでない場合,機能性腫瘍 と考えられる場合は上述の内分泌学的所見を診 断上参考とすべきであろう.
副腎皮質癌の転移,浸潤に関しては,浸潤で は隣接する腎への浸潤が多いことが指摘されて いる1,8). 局所性浸潤ではこのほか, 腹膜,後 腹膜腔,腸間膜,腸網膜が挙げられる. 遠隔転 移は肺,肝,リンパ節の順に多く、そのほか, 対側副腎をはじめ,各臓器,組織への転移が認 められているが1,8), 骨および脳への転移はま れで, Hutterl) の 173 例中,5例で、確実なも のはこのうちの1例にすぎない.
自験例は左腎へ大きく浸潤し,肺,肝,対側 副腎,リンパ節への転移が認められたほか,腰 椎への転移を認めたことは特筆すべきことと思
われる. 脳転移の有無は検索できなかった.
本症例の診断確定よりの生存期間は54日 (1. 8ヵ月)であったが,これは MacFarlane6) の 全く治療を行なわなかった20例の診断よりの生 存期間の平均2.9ヵ月より短期間であった.
Bergenstal9) が殺虫剤 DDT の誘導体である o,p’dichlorodiphenyl dichloroethane (o,p’- DDD) を副腎皮質癌患者に投与して、かなりの 効果を認めて以来,副腎皮質癌に対する化学療 法として、術後の転移巣,手術不能例に試みら れて、 例えば Hutterl) の成績では診断よりの 生存期間は男子で56ヵ月,女子で19ヵ月とかな りの延命効果が認められている。
本邦においても、坂内ら17,笹野ら18)が副腎 皮質癌に o,p’-DDD を使用した成績を報告して いる.
本例も初診時 すでに 転移を 認め, o,p’-DDD 投与の適応であったが,入手できぬまま死の転 帰をとった.
結 語
1) Cushing 症候群を主徴とした29才, 女子 の左副腎皮質癌の症例を報告した.
2) 肺,肝, 右副腎, 腰椎等へ広範な転移が みられ,診断より54日で死亡した.
3) 内分泌学的に,尿中 17KS 著増,尿中 17 OHCS 增加,DHEA, THS, pregnanetriol の増 量などの癌腫の特徴が認められた.
稿を終えるにのぞみ,恩師加藤篤二教授のご校 閲を深謝する.
文
献
1) Hutter, A. M. : Am. J. Med., 41 : 572, 1966.
2) Steiner, P. E. : Cancer : Race and Geo- graphy. Williams and Wilkins Co., Balti- more, 1954.
3) Fraser, R. : Lancet, 2 : 1116, 1968.
4) Rapaport, E. : Postgrad. Med., 11 : 325, 1952.
5) Heinbecker, P. : Surg. Gynec. & Obst., 105 : 21, 1957.
6) MacFarlane, D. A. : Ann. Roy. Coll. Sur- geons, 32 : 155, 1958.
7) Dix, V. W. : Brit. J. Urol., 35 : 356, 1963.
8) Lipsett, M. B. : Am. J. Med., 35 : 374, 1963.
9) Bergenstal, D M. : Ann. Int. Med., 53 : 672, 1960.
10) Schteingart, D. E. : Cancer, 22 : 1005, 1969.
11) 片山·ほか:ホと臨,16:541, 1968. .
12) 河野:日本臨床,27:1508, 1969.
13) Biglieri, E. G. : Am. J. Med., 45 : 170, 1968.
14) Lipsett, M. B. : J. Clin. Endocrinol., 22 : 906, 1962.
15) Prunty, F. T. G. : Chemistry and treat- ment of adrenalcortical tumor. Charles C Thomas, Springfield Illinois, 1964.
16) 井村:臨床科学,2:305, 1966.
17) 坂内·ほか:日内泌会誌, 44:353, 1968.
18) 笹野·ほか:手術, 13:780, 1969.
19) 宮尾·ほか:泌尿紀要, 13:243, 1967. (1969年11月21日受付)
泌尿紀要 1970年1月号 小松·ほか論文 訂正 (p. 23)
組織写真の説明をつぎのように訂正します。 写真の位置はそのままです.
| Fig. 8 | 睾丸 | →→Fig. 10 | 対側睾丸 |
| Fig. 9 | 副睾丸 | ––Fig. 8 | 睾丸 |
| Fig. 10 | 対側睾丸 | →→Fig.11 | 21日目睾丸 |
| Fig. 11 | 21日目睾丸 | →→Fig. 9 | 14日目副睾丸 |