腫瘍内出血に伴う胸背部痛を契機に発見された 副腎皮質癌の1例
桑田 真臣’,細川 幸成,高田 聡1,熊本 廣実1
林 美樹’,藤本 清秀2,平尾 佳彦2
1多根総合病院泌尿器科,2奈良県立医科大学泌尿器科学教室
ADRENOCORTICAL CARCINOMA WITH INTRATUMORAL HEMORRHAGE DETECTED FROM CHEST AND BACK PAIN: A CASE REPORT
Masaomi KUWADA1, Yukinari HOSOKAWA1, Satoshi TAKADA1, Hiromi KUMAMOTO1, Yoshiki HAYASHI’, Kiyohide FUJIMOTO2 and Yoshihiko HIRAO2
1 The Department of Urology, Tane General Hospital
2 The Department of Urology, Nara Medical University
A 55-year-old man visited our hospital with left chest and back pain. Computed tomography (CT) showed left retroperitoneal tumor,which was 6cm in diameter with intratumoral hemorrhage. Based on abdominal CT, magnetic resonance imaging and blood tests, preoperative diagnosis was adrenocortical carcinoma.En bloc resection of the tumor and the left kidney was performed. The histological diagnosis was adrenocortical carcinoma. He rejected adjuvant therapy with mitotane. Bone and liver metastases were recognized 2 months after operation. The patient died three months after operation because of disease progression.
(Hinyokika Kiyo 55 : 599-602, 2009)
Key words : Hemorrhage of the adrenal gland, Adrenocortical
緒 言
副腎腫瘍は副腎腫瘍取扱い規約(第2版)1)上,内 分泌活性腫瘍と内分泌非活性腫瘍に分類され、その臨 床所見は多岐に渡る、 副腎腫瘍の中では良性腫瘍が大 半を占めており、悪性腫瘍の割合はきわめて低く、副 腎皮質癌は, 600万人に0.5~2人の罹患率に過ぎな い2).
今回,われわれは腫瘍内出血に伴う胸背部痛を契機 に診断された副腎皮質癌の1例を経験したので,若干 の文献的考察を加えて報告する.
症 例
患者:55歳,男性
主訴:左胸背部痛
家族歴:特記事項なし
既往歴:高血圧症
現病歴:2006年12月,左胸痛を主訴に当院救急外来 受診. 腹部 CT で,左腎上方に長径 6cm の腫瘤性病 変を認めたため当科紹介となった.
現症:身長 165.2cm,体重 86 kg. 血圧 150/90 mmHg. 左胸痛,左側背部痛,左季肋部痛を認めた. 左腰背部 の叩打痛は著明であった.
検査成績:末梢血·血液生化学検査では, RBC
483×104 / μl, Hb 14.9g/dl と貧血を認めず, WBC 12,400/μl, CRP 2.92 mg/dl と軽度の炎症反応の亢進 を認めた. 肝機能,腎機能および電解質に異常は認め なかった.
内分泌検査:血漿レニン活性 34.1ng/ml/hr (正常
範囲 0.203.90 ng/ml/hr)と上昇を認めた. ノルア
ドレナリン尿中1日排泄量 240μg/day (正常範囲
26230 μg/day),ドパミン尿中1 日排泄量 1,650μ
g/day (正常範囲 310~1,140 μg/day) と軽度の上昇を
認めたが,尿中 17-KS,尿中 17-OHCS,血中コルチ
ゾール,尿中 VMA, ACTH は異常を認めなかった.
画像所見:腹部 CT で、左腎上方に内部に高吸収域 を伴う径6cm の腫瘤性病変を認めた(Fig. 1). 血腫 による腫瘍サイズへの影響を考慮し,症状消失1カ月 後に施行した MRI で, TI 強調像では不均一な低信 号, T2 強調像で不均一な高信号を示す充実性の腫瘍 を左腎上方に認めた. ガドリニウム造影 MRI では腫 瘍の中心部は造影されず、一部は壊死組織であると考 えられた(Fig. 2a, b).
MIBG シンチグラフィでは、腫瘍部位に集積は認め なかった.
治療経過:画像上,腫瘍内出血壊死を認めること, 充実性の腫瘍が 6cm の径を有し、経過中腫瘍径の縮 小なく出血による一時的な増大を否定したことより,
副腎皮質癌による副腎出血を疑った、 胸腹部造影 CT では、明らかな肺転移,リンパ節転移を認めず,ほか に腫瘍性病変は認めなかった. 骨シンチグラフィでは 骨転移を認めなかった. 良性の可能性も家族に説明
し、同意を得た上で,2007年2月,経腹的に副腎腫瘍 摘除術を施行した.
術中所見:周囲組織との癒着は強固であり腎周囲脂 肪への浸潤も考慮し,左腎合併切除とした. 癒着部位 は慎重に剥離し、腫瘍を一塊に摘除した. リンパ節郭 清は有意な腫脹がなかったため施行しなかった. 手術 時間は 4時間9分,出血量は 2,000 ml. 輸血は施行 しなかった.
摘除標本:腎 422g, 副腎腫瘍 120g であり,腫瘍 は長径 7cm に及んだ. 正常副腎は認めなかった.腫 瘍内部に出血部位と壊死組織を認めた、 肉眼的には, 周囲への浸潤は明らかではなかった.
病理組織所見:核異型度,核分裂像の亢進,異型核 分裂像,凝固壊死の存在,被膜浸潤,静脈侵襲を認 め, Weiss の criteria の 6項目を満たし、副腎皮質癌 の診断であった. 腫瘍は腎周囲脂肪へ浸潤しており, pT3 と診断された. また, MIB-1 染色では60%以上 と非常に高値を示した(Fig, 3a, b).
a
b
a
b
術後ミトタンによる adjuvant 療法を考慮したが患 者本人の希望により adjuvant 療法を施行しなかった. 術後,2ヵ月後に大動脈周囲リンパ転移 ·腰椎転移· 肝転移を認めたため、ミトタンによる治療を開始した が,全身状態が悪化し、治療開始後1カ月で癌死し た.
考 察
副腎腫瘍は、近年画像診断の進歩により偶発腫瘍が 増加している. このうち、 副腎皮質癌の罹患率は, 600万人に0.5~2人という非常に稀な疾患である2). Linda らは、 副腎皮質癌の62%が内分泌活性型,38% が内分泌非活性であったと報告している2). また内分 泌活性型の副腎皮質癌では、クッシング症状や男性化 徴候を示すものが多かったとしている。
画像診断上,悪性腫瘍を疑う所見として単純 CT で は、内部構造が不均一な不整形腫瘤として描出され、 腫瘍内部に壊死や出血巣,石灰化などが不均一に混在 することなどがあげられている3). MRI 所見では, T1 強調像で肝と同等の低信号,T2 強調像で高信号 強度を示す腫瘤であることが多い3~5), 6 cm 以上の大 きさを示す副腎腫瘍は悪性を考慮すべきであるが CT や MRI ではサイズが過小評価されることがあり 画像上 5cm 以上の腫瘍は悪性腫瘍を念頭に精査すべ きである5). 自験例では、副腎腫瘍の内部出血を契機 に診断されたが, Kawashima ら4 は、内部出血を来た す 6cm 以上の副腎腫瘍では、副腎皮質癌が高頻度で あることを報告している。 また、病理学的に副腎皮質 癌における腫瘍内出血は、予後不良因子とする報告6) もある. われわれ同様、胸背部痛と腫瘍内出血で発症 し、急速に進行し 5カ月で死亡した症例も報告 され ており、腫瘍内出血は予後不良因子の可能性があるこ とを認識して、治療にあたる必要がある.
副腎皮質腫瘍の病理組織診断では、他の臓器の病理 組織学的鑑別診断に用いられるような細胞異型性や浸 潤,細胞分裂像などの指標が必ずしも有効でなく、良 性·悪性の病理組織学的鑑別診断は困難な場合が多い ことが指摘されている. 現在,病理組織学的鑑別診断 には, 1核異型度, 2核分裂像の亢進, 3異型核分 裂像,4細胞質が好酸性または淡明, 5腫瘍の構築 が正常副腎に類似するような索状他の構造を呈して いるか, 6凝固壊死の有無,7被膜浸潤の有無,8 sinusoid への浸潤の有無, 9静脈侵襲の有無の9項目 を検討し, Weiss の criteria として 3項目以上に陽性 所見を認めれば副腎皮質癌と診断する scoring system を採用している1. また副腎皮質癌と腺腫との鑑別で MIB-1, topoisomerase II などの細胞増殖関連抗原での 免疫染色で腫瘍細胞の陽性率が5%を超える症例は副 腎皮質癌と考えて矛盾しないとしている. 本症例では
前述のように3項目を満たしており、さらに MIB-1 染色で腫瘍細胞の60%以上が陽性であり副腎皮質癌の 診断に矛盾しないものであった.
副腎皮質癌の予後は不良であり,平均生存期間は約
18カ月である2. 悪性度の高いものは23カ月で急
速に進行する. Linda ら2)の報告によると、外科的完
全切除例では1328カ月の生存期間であったのに対
し、 外科的完全切除不能例では3~9カ月であった.
本症例では術中所見から腎への微小浸潤の可能性を考
慮し、左腎·左副腎腫瘍の合併切除を施行した.
Nishida ら8の報告によると、腎合併切除した症例を
検討したところ5例中3例に腎周囲脂肪への微小浸潤
を認めたと報告しており,完全切除のためには同側の
腎摘除も施行した方が良い可能性があるとしている。
しかし、本症例では外科的完全切除しえたにも関わら
ず、術後急速に進行したことから、悪性度の高い症例
には術後補助療法が必要であることが考えられる.
転移症例,再発症例にはミトタンを中心とした化学 療法が中心となる. その薬理作用としては、副腎皮質 細胞に対する細胞毒性,ステロイド合成阻害作用によ る副腎皮質癌の縮小効果などが考えられている. 1966 年に Hutter ら9)がその有用性を報告し、多くの施設 で用いられているが、 その効果は十分であるとは言え ない2,6,10). しかし、 Terzolo ら11)は、術後のミトタ ン単独での adjuvant 療法を施行した群の再発までの 中央値が42カ月であり, adjuvant 療法を施行しなかっ た群が10~25カ月であったと、その有効性について報 告している.また,完全切除不能例,転移再発例に関 してもエトポシド,ドキソルビシン,シスプラチンな どの化学療法とミトタンとの併用療法に関しても有効 性が報告されている12,13). 副腎皮質癌では, multi- drug resistance 1 (MDR-1) 遺伝子が高率に発現してい るため、抗癌剤に対する耐性が高いと考えられてい る. 抗癌剤がミトタンとの併用で効果が得られる理由 として, Flynn ら14)はミトタンが MDR-1 の発現によ る抗癌剤耐性を低下させると報告している. また、パ クリタキセル,シクロホスファミド,シスプラチンな どを用いた化学療法が奏功した報告も散見される15)
本症例では、 長径 6cm におよぶ副腎腫瘍の大き さ, 副腎腫瘍の内部出血という画像所見より悪性を疑 い外科的切除を施行し、副腎皮質癌の診断を得たが, 術後2ヵ月後にリンパ節転移を認め、その後全身に播 種し、 癌死に至った. 外科的完全切除が治療の中心と なるが、予後は不良であり、今後新規抗癌剤の使用を 含めた集学的治療の検討が期待される.
結 語
われわれは、 副腎腫瘍内出血に伴う胸背部痛を契機 に診断しえた副腎皮質癌の1例を経験したので文献的
考察を加えて報告した.
文 献
1) 日本泌尿器科学会. 日本病理学会編:副腎腫瘍取 扱い規約(第2版). pp 68-70,金原出版,東京, 2005
2) Linda NG and Libertino JM: Adrenocortical car- cinoma : diagnosis, evaluation and treatment. J Urol 169: 5-11, 2003
3) 飯原雅季,小原孝男:副腎皮質癌. 癌と化療 31 : 342-345, 2004
4) Kawashima A, Sandler CM, Ernst RD, et al. : Imaging of nontraumatic hemorrhage of the adrenal gland. Radiographics 19 : 949-963, 1999
5) Darracottvaughan E Jr and Blumenfeld JD: Patho- physiology, Evaluation, and Medical Management of Adrenal Disorders. In : Campbell’s Urology, 9th ed (ed by Wein AJ, et al.), p 1819-1867, Saunders, Philadelphia, 2007
6) Harrison LE, Gaudin PB and Brennan MF : Pathologic features of prognostic significance for adrenocortical carcinoma after curative resection. Arch Surg 134: 181-185, 1999
7) 田辺 裕,村上智康,川端珠美,ほか:腫瘍内出 血により突然の強い胸背部痛を来たした副腎皮質 癌の1例. 超音波検技 24:10-16, 1999
8) Nishida S, Itoh N, Sasao T, et al. : Adrenocortical carcinoma : retrospective study of 14 patients experi- enced at a single institution over 34 years. Int J Urol
14 : 581-584, 2007
9) Hutter AM Jr and Kayhoe DE: Adrenocortical carcinoma. clinical features in 138 patients. Am J Med 41 : 572-580, 1966
10)芳賀一徳,篠原信雄,野々村克也,ほか:副腎皮 質癌の予後規定因子. 内分泌外科 16:177-182, 1999
11) Terzolo M, Angeli A, Berruti A, et al .: Adjuvant mitotane treatment for aderenocortical carcinoma. N Engl J Med 356 : 2372-2380, 2007
12) Bonacci R, Gigliotti A, Baudin E, et al. : Cytotoxic therapy with etoposide and cisplatin in advanced adrenocortical carcinoma. Br J Cancer 78 : 546-549, 1988
13) Berruti A, Terzolo M, Pia A, et al .: Mitotane associated with etoposide, doxorubicin, and cisplatin in the treatment of advanced adrenocortical carcinoma. Cancer 83 : 2194-2200, 1988
14) Flynn SD, Murren JR, Kirby WM, et al .: P- glycoprotein expression and multidrug resistance in adrenocortical carcinoma. Surgery 112: 981-986, 1992
15) Imataki O, Makimoto A, Kojima R, et al. : Intensive multimodality therapy including paclitaxel and reduced-intensity allogeneic hematopoietic stem cell transplantation in the treatment of adrenal cancer with multiple metastases. Int J Clin Oncol 11: 156-158, 2006 Received on January 19, 2009 Accepted on May 22, 2009